三原舞依シンデレラ優勝に感動の嵐!難病とはどのような病気だったの?

   

こんばんは~

フィギュアスケートの平昌五輪プレ大会となる四大陸選手権。

三原舞依選手が逆転優勝を決めてくれました!

フィギュアスケートの4大陸選手権は18日、江陵アイスアリーナで女子フリーが行われ、17歳の三原舞依(神戸ポートアイランドク)がフリーで自己ベストを大きく更新する134.34点を記録し、合計200.85点で初優勝した。

(引用元:Yahooニュースより)

「シンデレラ」の曲に乗って計7つのジャンプ全てに成功させた。

三原選手は演技を終えると、胸の前で両手をギュッと握りしめ、何度もガッツポーズを!

左股関節を疲労骨折したエース宮原知子選手を欠いくことになり、期待と不安にあった日本選手達。

 

ショートプログラム(SP)4位につけた三原舞依選手が完璧な演技と歓喜の笑顔がシンデレラ優勝に導くことがきました!

得点は、134・34点、合計200・85点の自己ベストをマーク。

日本女子では2008年の浅田真央選手以来となる初出場初優勝!

 

素晴らしい演技、歓喜の笑顔に 感動しました!

 

日本女子はこれで10年連続の表彰台となり、3月の世界選手権に向けて大きなステップとなりました。

このシンデレラストーリが見事逆転優勝になり、見ていた多くの人が感動したのではないでしょうか。
また、三原選手は難病を克服したようですが、どんな病気だったのかも気になりました。

今回は、三原選手シンデレラ優勝に感動の嵐が凄かったので、Twitterの声をまとめてみました!

また、三原選手が克服した難病とはどんな病気だったのかも調べてみました。

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三原舞依 プロフィール

三原選手のプロフィールを紹介したいと思います!

【三原 舞依】(みはら まい)

★生年月日: 1999年8月22日(17歳)
★出生地 : 神戸市
★身 長 : 154 cm
★コーチ : 中野園子、グレアム充子
★所属クラブ: 神戸ポーアイランドFSC
★憧れの選手:浅田真央

三原選手は、神戸市立飛松中学校を卒業し、現在は、兵庫県立芦屋高等学校在学中しております。

 

◇技術・演技・経歴

まだ、テレビで見る機会が少なかったので、演技の実力も気になるところですね。

・アクセルを除く5種類のトリプルジャンプを跳ぶことができる

・コンビネーションでは、3回転ルッツ-3回転トウループ、3回転フリップ-3回転トウループ、3回転トウループ-3回転トウループ、2回転半アクセル-3回転トウループを成功。

 

・2017年四大陸フィギュアスケート選手権優勝

・2016年ネーベルホルン杯優勝。

(参考サイト:三原 舞依Wikiより)

 

このように浅田選手に続き期待の新星の選手だという事がわかりました。

若さあふれる高校生の三原選手!

これからの活躍が楽しみです。

三原舞依 感動の声を紹介!

素晴らしい逆転優勝、シンデレラストーリーに感動の嵐でした。

 

◇Twitterの声







初出場の三原選手が、堂々たる演技を披露。
その演技には笑顔が見られ、歓喜の気持ちと演技の余裕さを感じさせられました。

Twitterには嵐のように多くの感動したとの声が寄せられておりました。

三原選手のこれからの活躍が期待されるところです。

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三原舞依 難病とは?

三原選手が難病を克服したとのことでしたが、難病とはどのような病気だったのでしょうか?

15年12月、肩や膝など全身の関節が痛む原因不明の難病、若年性特発性関節炎を発症。当時は立っていることすらできなかった。昨季の後半は試合に出られず「1年前は四大陸選手権に出られるなんて思ってもいなかった」という。

(引用元:スポニチより)

 

三原選手が患ってしまった難病は

「若年性特発性関節痛」

16歳以下の子供が、発症率が100万人に1人の割合で、かなり稀に発症する病気なのだそうです。

 

◇ 若年性特発性関節炎の主なタイプ

病態(病気の様子)から若年性特発性関節炎は大きく2つに分類されます

・全身型

・関節型(少関節型、多関節型)

◇ 若年性特発性関節炎の患者さんの割合

小児の人口10万人あたり8.79人との報告があります。
タイプ別では、全身型が42%、少関節型が20%、多関節型が32%、その他が6%を占めています。病型によって異なりますが、一般的には女児の方が多いようです

 

◇ 主な症状

どのタイプにも共通するのは、慢性的な関節の炎症です。
関節に炎症があることで、痛みだけでなく、赤くなる、腫れる、熱をもつ、動かしにくいなどの症状がみられます。

適切な治療を受けないと関節破壊が進行して、関節としての機能が果たせなくなることがあります。

(参考サイト:リュウマチネットより)

 

調べてみるとこのような、とても生活するにも困難な病気だったことがわかりました。

 

三原選手の場合は、両膝に激痛が走るというタイプだったようで、なんとこの病気が原因で4ヶ月間の間は氷上で練習することができなかったそうです。

 

発病は2015年

ジュニアグランプリファイナルを終えると、突然両膝が痛みだし、検査の結果この病気が発覚したそうです。

 

そんな中でも、スケートに対する気持ちを忘れずに、

「病気に負けたくないし、言い訳にしたくない」

と言っていたそうです。

病気の間はもちろん、歩くことも大変だったようで、スケートを滑れるまでにかなりの時間がかかったそうです。

精神的にもかなり辛い状況でも、強い精神力が三原選手を強くしていったように感じました。

三原選手は、この難病に対し、

「病気の前の自分を超える」

という目標を持ち、1日3時間から4時間の練習に取り組んでいるそうです。

本当に高校生とは思えない、素晴らしい飛躍を見せてくれました。

 

まとめ

今回は、三原舞依シンデレラ優勝に感動の嵐を紹介。また、難病とはどのような病気だったのかも調べてみました。

 

この負けない気持ちが、今回のフィギュアスケートの4大陸選手権で見事が演技と歓喜の笑顔を見せてくれました。

この難病を克服して、勝ち取った大会!

三原選手にとって、晴れの舞台に立てた喜び溢れる演技が、皆の心を感動させてくれたのではないでしょうか。

これからのさらなる活躍に期待ですね。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 


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